2018年12月19日
Christmas 2 Aoto
Christmas Aoto
Christmas Lamp
peko作
2018.11.26~2018.12.12
2
夏の短い夜が明けて、あおとはリュックにお菓子や飲み物、
そして、虫かごや網を用意して顔を洗ってから出掛けた。
姉が五月蝿いので、熱中症対策の麦わら帽子を被って。
さあ、行こう。
子供の季節は思ったより短い。思ったより短いが記憶には残る。
寂しく見上げた夕暮れの太陽に涙が重なった事や、
学校の給食当番。掃除。宿題。 ビー玉遊び。
あおとは、待ち合わせの駅まで自転車を踏み、
青い空に響いている蝉しぐれをときめきのように聞いていた。
この時、この今には、戦争の重い悲しみがない。
駅に着くと、ゆうたとそらねが何か話し込んでいた。
博士であるそらねの事だから、何かうんちくでも語っているのだろう?
実際、そうだった。
そらねが、ゆうたにこう言っていた。
「ゆうた、昔々、お偉い物理学の先生方々が人間の将来をこう語っていたんだ。
頭がもじゃもじゃの先生は、第三次世界大戦のあとの戦争は、
石と棍棒で戦うようになるんだとね」
ゆうたが、そらねに尋ねた。
「それは何で?」
「彼が言うには、第三次世界大戦は核戦争になり、
人類が文明を失って原始時代になると皮肉ったんだね。
でも、実際には、そうはならなかった。
核戦争になったら、地球が壊れるぐらいの知識はあったから、
まず、貿易戦争から始まり、相手側の領地を奪うような」
「そらね、自分が大切な国か、
自分達の言う事を聞けみたいな独裁者ばっかになったよね」
「他の昔々の身体の不自由な物理学者はこんな事を言い残した。
1000年以内に地球環境が壊れ、人類が住めなくなる星になるから、
他の星に移住するべきだとか、AIに人類は支配されるとかだね」
「何かSFみたいだね」
「AIはそうなる可能性があったけど、他の惑星への移住は無理だろうな」
「そらね。それはどうして?」
「人類は宇宙空間に出て無重力状態でいると、カルシウムが溶けるらしいんだ。
それに、長い宇宙旅行では胃が破壊されて癌になると言うゲータが残っている」
「冷凍睡眠で他の星に移住ってよくSFとかに書いてあるけど」
「冷凍睡眠だと、まず、人間の細胞が破壊されるだろうし、
宇宙旅行中の電力が続くと考えるのが変だ」
「そらねは宇宙が好きなんだね」
「うん。だから、僕の名前は漢字で空羽。
15歳になったら、少年兵に志願しようと思っている」
そこへ、あおとが辿り着いた。
ゆうたがあおとに言った。
「そらねが、15歳で少年兵に志願するって言うんだよ」
あおとが、そらねに問い正した。
「そらね。そんなの止めとけよ。徴兵なら仕方ない。
だけど、少年兵って15歳からじゃあないか。停戦中だからと言っても、
領空侵犯とかではすぐに撃墜されるし、命を大切にしないと」
すると、そらねがあおとに言った。
「あおと、志願でも徴兵でも死は平等にやって来る」
あおとが直ぐ様、反論した。
「平等ではないよ」
そらねは、こう切り返した。
「あおと、運なんだ。確率だね。
毒入りの林檎が三つあって、そのどれかには死が入ってる。
困った事に、僕らはその毒薬が見破れないんだ。
徴兵される頻度の低い女子だって、旧市街のように破壊されたらお終いだ」
あおとが、すかさずそらねに言い返した。
「分かった。そらねの言い分は十分に分かる。
だったら、僕は君にとろけるような琥珀色の思い出を植え付けてやる。
まずは、今日の水遊びや虫取りだ」
ゆうたが、きょとんとしてあおとに尋ねた。
「あおと、それがどうして、少年兵を諦める理由になるんだい?」
あおとが言った。
「ゆうた。人間は守りたいものがあると、石橋を叩くんだ。
それが子供時代の思い出だったりするんだよ。あと恋だね。
人を愛した者は彼女を残して天に旅立つ事を恐れるんだよ。
もとい、僕らに取って恋は好きぐらいでしかないけどね」
ゆうたが、感心して独り言のようにこう言った。
「二人共凄い。ベーコンとかサカオの子供は儲け話ばかりしてる」
そらねが、あおとに尋ねた。
「ちなみに、どんな感じの儲け話?」
ゆうたが応えた。
「飴ちゃん理論とかさ」
あおととそらねが一斉にゆうたに尋ねた。
「何それ?」
「僕のいたサイカン地方では、おばさん達が皆、飴ちゃんを持ち歩いている。
でね。会うと、名刺代わりに飴ちゃんを交換するんだ。
でもさ。サカオなんか飴の消費率が全国でも下位クラスなんだって」
あおとが驚いて、ゆうたに尋ねた。
「それって、どう言う事」
ゆうたが笑いながら、こう言った。
「飴ちゃんを食べずに回しているだけ」
それを聞いたあおとがこう言った。
「ゲロゲロ。世界は広いや。
ともあれ、虫取りに行こう。そらねの気持ちを変えないとね」
初夏の日差しは強かったが、子供たちの頬に差し込むと、
艷やかな紅水晶のような頬を磨いているように見えた。
これから、少年たちの頬とかは小麦色に仕上げられて行く。
風が優しく彼らの髪を揺らし、瞳は大鷹のように精悍だった。
人の瞳は歳月や経歴が濁って行くと共に裏面を見せるようになる。
人は裏面の笑みを湛えた政治家の瞳を見抜く事が出来ず、
酔い痴れている間は賛美の連続だ。
こうして、夢の時の中を生きている子供たちを見よ。
子供たちには野望もなければ、死の不安に怯えるような事も稀だ。
この子供時代に、どれだけをの実りを心に宿したか。
そしてその実りを、どうやって育てられるかが未来に繋がって行く。
柔らかい心は、様々な風景を見なければ育たない。
喜びも悲しみも心の中で浄化し、人の苦しみを和らげる力。
こうした遊びの中で、力を育める人と、育てられない人。
相手の為に生きる勇気がある人と、自分の箱を世界の全てだと思ってる人。
「さあ、行こう」
あおとがそう言うと、三人は改札を通り、オクタマまでの電車を待った。
ゆうたが言った。
「今日はどんな虫が捕れるかな?」
そらねが応えた。
「秋の虫でなければ、色んなものがいるさ。」
ゆうたが、恐恐とそらねに尋ねた。
「やっぱ、オオカマキリとかもいるのかな?
僕はあれば怖くて仕方ないんだ。」
そらねがにやりと笑ってゆうたに言った。
「オオカマキリとかは春頃からいるね。
あいつらは共食いをするし、でも、オオカマキリは怖くないよ。
ハラビロカマキリのとかの方が実は厄介かも知れない」
あおとが、そらねに尋ねた。
「そらね、それはまたどうして?」
そらねは、こう応えた。
「カマキリやカマドウマやゴキブリは、
ハリガネムシに寄生されて脳を支配されてしまう」
あおとが、驚いた表情でこう応えた。
「マジかよ。僕たち大丈夫かよ」
そらねが、あおとに応えた。
「多分、問題ないさ」
そうした話をしている内に電車がやって来て、
三人は乗り込み、家族の話とかをした。
それによると、そらねには双子の姉の月羽がいるとの事で、
あおとや、ゆうたにも姉がいたので、あおとが愚痴った。
「何で僕らには姉しかいないんだ。兄がいてもいいだろう」と。
ゆうたが笑いながらツッコミを入れた。
「多分、それは神様の都合さ。
神様はお布施をしないと希望を叶えてくれない」
あおととそらねが、それを聞いて笑い転げた。
電車に乗って、しばらくすると、突然、会話が途切れた。
大人の世界もそうだが、ふと、素になって無言になる時がある。
皆、自分は幸福だみたいな演技をしているが、
家に帰ると家族とかのいざこざがあるし、学校なんか馬鹿が支配する。
この馬鹿には幾つもあって、何も暴力を振るう為に群れている者ではない。
大して頭が切れる訳ではないのに、勉強していい点を取っている奴とか、
そうした何かに偏った子供らは狭い視野の人間に育って行く。
ありがとうの一言も言えないクズになる人間は自分の事しか考えていない。
無言になった間、あおとはずっと、電車の窓の外を見ていた。
そこには確かな自然が広がっていた。
戦争の中に自分たちがいると言う事なんて嘘のように青い空があり、
空の雲は鯨のように悠々と空を泳いでいた。
だが、こうして空を見てる間にも、世界の何処かで無意味な爆撃が怒り、
あおとの国でも年間何人も戦争の被害に会っている。
敵も味方も防衛の為の戦略攻撃だと言っているが、
イカ釣り漁船がほんの少し領海を侵犯しただけで爆撃機が地雷を降らす。
爆弾ではなくて小型地雷だ。
それも、落ちた瞬間に地中に潜る改悪がされた悪魔の兵器だ。
この地雷によって、年間数百人の命が奪われているのだが政府は公表しない。
やられたらやり返す為に公表しないのだ。
あおとは思った。
いつかはこの悪夢を終わらせるような人物が現れるのかも知れないけど、
違う宗教や、民族の違いは、言葉の壁をより酷い。
誰も言おうとしないが、環境の違いは水と油を作ってしまうのだ。
偉そうになった経済圏は、自分たちと同じ考えを押し付ける。
価値観の違いがあるって言う発想すらないのだ。
僕たちは同じものを見ていても、同じ感想を抱くものはいない。
僕たちは何かしらの命を頂いていると言うのに、
知性のないものにまで人間の倫理や主観を当てはめようとする。
だが彼らは食肉を誰よりも頬張っているのだ。
屠殺場の牛たちは生まれて一年もしない内に、
この世の正義を語る者の胃袋に収まって行く。
僕たちは命を頂いているのだ。
裕福な者は貧困な者の聲を聞こうともしない。
あおとがそうして物思いに耽っていると、
ゆうたがあおとにこう言った。
「あおと、何を見ているんだ?」
あおとは、素直に応えた。
「移り行く風景の有様だよ。僕たちが戦争の只中にいても、
樹々やその枝々の葉を揺らす小風は戦争の事なんて全く知らない。
彼らは自然に生き、僕らが滅びたあとも、緑の営みを忘れないだろう。
それでも、太陽が少し体調を悪くしただけで絶滅して行くけどね」
それを聞いていたそらねがこう伝えた。
「僕らは大気圏の水槽の中を泳いでいる熱帯魚なんだよ」
そうこうしている内に、電車はオクタマに着いた。
正午、手前に着いたから、帰宅は午後五時の電車だ。
それより遅いものもあるが、乗り遅れると帰れなくなるからだった。
あおとが言った。
「昔、家族でここに来た事があるけど、
その時より更にさびれてしまったな。ほんと、廃墟寸前だ」
そらねが、あおとに応えた。
「不思議なものでね。人間の住む家だって主を失うと生気を失うそうだ。
科学的には何の根拠もない事だけど、
生物には何か不思議なものがあるのかもね」
ゆうたが、そらねに尋ねた。
「じゃあ、この先の先は動物の領域だけど、
そうした世界は、どう言う風に支えられているの?」
そらねが、ゆうたに応えた。
「それこそ、自然の息吹なんだろう」
あおと達はそんな事を話しながら、虫かごや虫取り網を整えた。
網だって色んな種類がある。セミは高い所にいるから伸縮式だし、
虫捕りゼリーも用意したし、カメラも用意した。
スマートフォンのような電波を発するものは禁止されているけど、
辛うじてデジカメは一般市民も持って良い事になっているからだ。
だから、あおとが、大きな三脚を持って来ていた。
僕らの記念写真を撮るだけだ。
ゆうたはお気に入りの人形を持って来ていて、
風景とかと一緒に人形を撮し記念にするとか言っていた。
一方、そらねは倍率の高い望遠鏡だ。鳥の観察がしたいらしい。
あおとが言った。
「捕れるか捕れないかは別として、何を捕ろうか?」
ゆうたが応えた。
「やっぱ、王道のカブトムシやクワガタ」
そらねが笑いながら言った。
「ゆうた、それは難易度が高すぎ。
まあ、セミと蝶がいい所だよ」
あおとが二人の意見をまとめた。
「じゃあ、三分の二がカブトムシ、クワガタ時間。
残りをセミと蝶の時間にしよう。
それにしても、昔の人はお店で虫を買っていたと言うから、
変な時代もあったもんだね」
ゆうたが、すかさずこう言った。
「昔の子供はアホだったんだよ」
それから三人は、虫捕り案内の看板通りに進んで行き、
クワガタは捕れなかったが、カブトムシをン二匹。
ミンミンゼミとかは五匹も捕った。
午後四時を回った所で、あおとが言った。
「そろそろ撤収の用意だ。
この山間の街が見える所で写真を撮り、虫を自然に帰してやろう」
ゆうたが、あおとに言った。
「あおと、せっかく捕ったのに離してしまうの?」
あおとがにっこり笑って、ゆうたにこう応えた。
「そうだよ。セミはたった七日間しか生きられないし、
カブトムシも越冬する虫ではない、たった一度の夏しかないんだ。
彼らはたったそれだけの間に子孫を残すんだよ。
ほんのひと夏で旅立って行くのに、僕らが摘んではいけないだろう。
命を頂くために捕ったのではないのだし」
すると、そらねが言った。
「あおとの言う通りだ」
あおとは虫たちが逃げやすい所で虫かごの蓋を開けた。
セミは少し弱っていたし、カブトムシは出て行こうとしなかったので、
近くの樹にくっつけた。
あおとが言った。
「さようなら、遊んでくれて。縁があれば何処かで会おう
と。
そう言うと、あおとは足早に三脚を立て、
ゆうたとそらねに立って貰い、位置を見計らった所で、
デジカメのタイマースイッチを入れた。
三人とも満面の笑顔をしていた。
小学校四年生。十歳の夏。
三人の初めての記念写真と絆の始まりだった。
そして、これから暑い夏は失われて行く。
帰宅の電車の中では他愛ない話をしたり居眠りをしていた。
初夏の夕暮れ。電車の中。折り重なるように樹々の枝々の影が、
少年たちの頬を通り過ぎ、少年期が終わると停まった時が一気に動き出す。
だが、彼らがその現実を知るのは、もっと先の事。
続く
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
orange pekoe (ペコ)
2018.12.19